自分たちの判断能力が低下したら?:夫婦で話し合う意思決定と財産管理の備え
自分たちの「もしも」に備える:夫婦で考える意思決定と財産管理
私たちは皆、加齢や病気によって体の状態が変化することを経験したり、身近な方の変化を目の当たりにしたりします。遠方で暮らす親御さんの体調や介護に直面されている方の多くは、親世代の変化を通して、自分たちの将来についても現実的に考え始めることがあるかもしれません。体の変化は体力や見た目だけでなく、将来的に判断能力にも影響を及ぼす可能性があります。
自分たちの「もしも」の時、つまり、自分たち自身で医療や介護、そして日々の暮らしや財産に関する重要な判断を下すことが難しくなった場合、誰にどのように意思決定を託すのか、財産をどう管理するのか、という問いは、多くの夫婦にとって避けては通れない課題です。親の介護を夫婦で協力して進める中で、自分たちの老後への不安を感じ、「パートナーと将来について話し合いたいけれど、どう切り出せば良いか分からない」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。
この記事では、自分たちの判断能力の低下に備え、夫婦でどのように話し合い、どのような選択肢があるのかについて考えていきます。この話し合いは、時にデリケートで難しいテーマかもしれませんが、お互いの価値観を共有し、将来への不安を和らげ、パートナーシップをより強固なものにする機会でもあります。
なぜ、自分たちの判断能力の低下について夫婦で話し合う必要があるのか
自分たちの判断能力が将来的に低下する可能性について、夫婦で話し合うことは、いくつかの重要な理由があります。
まず、お互いの価値観や希望を最も深く理解しているのはパートナーだからです。どのような医療を受けたいか、延命治療を望むか、どこでどのように暮らしたいかといった個人的な意思は、形式的な書類だけでは伝わりにくいことがあります。日々の生活を共にするパートナーと、お互いの大切にしていること、万が一の時にどうしてほしいかを共有しておくことは、将来、パートナーがご自身の代わりに判断を下す必要が生じた際に、その判断の大きな支えとなります。
次に、残された家族(主にパートナーや子供)への負担を軽減するためです。判断能力が低下し、本人の意思が不明確な場合、家族はどのように対応すべきか、財産をどう管理するかなど、大きな不安や責任を抱えることになります。事前に夫婦で話し合い、意向を共有し、具体的な準備をしておくことは、家族が困難な状況に直面した際の精神的・物理的な負担を大きく減らすことにつながります。親の介護を通して、親のパートナーやきょうだい間の調整の難しさを経験されている方にとっては、自分たちの将来の家族の負担を少しでも減らしたい、という思いは切実かもしれません。
さらに、財産が凍結されるリスクへの対応も挙げられます。本人の判断能力が低下すると、たとえ配偶者であっても、本人の名義の預貯金を引き出したり、不動産を売却したりすることが難しくなる場合があります。生活費の支払い、介護費用、施設入居費用など、今後の生活に必要なお金を円滑に管理するためには、事前の備えが不可欠です。
夫婦で話し合うべき具体的な内容
では、具体的にどのような内容について夫婦で話し合うべきでしょうか。以下のような点が挙げられます。
- 医療・介護に関する意思:
- どのような医療を受けたいか、受けたくないか(特に延命治療について)。
- どのような場所で療養したいか(自宅、病院、施設など)。
- 痛みの緩和ケアについてどう考えるか。
- 介護が必要になった場合、どのようなサービスを利用したいか、どのような暮らしを望むか。
- 財産管理に関する意思:
- 預貯金や不動産などの財産をどのように管理してほしいか。
- 生活費や医療・介護費用の支払いを誰に任せたいか。
- 特定の財産(例: 実家、趣味の品)をどのように扱ってほしいか。
- 家族への仕送りや支援をどうするか。
- 誰に意思決定を委ねるか:
- 自分たちの判断能力が低下した場合、医療や介護、財産管理に関する意思決定を誰に任せたいか。パートナーか、子供か、信頼できる親族か、あるいは専門家(弁護士、司法書士、社会福祉士など)か。
- パートナーにお願いする場合、そのパートナーがさらに判断できなくなった場合はどうするか。
- エンディングノートや遺言書の作成:
- これらの文書にどのような内容を記載したいか。意思表示や財産に関することだけでなく、葬儀やお墓、デジタル資産についてなど。
これらの内容は、夫婦で一度話せば終わりというものではありません。お互いの状況や社会状況の変化に応じて、定期的に見直し、話し合うことが大切です。
将来の「もしも」に備えるための具体的な選択肢
夫婦で話し合った内容を形にし、将来に備えるための具体的な制度や方法がいくつかあります。
- 任意後見制度:
- これは、ご自身の判断能力が十分にあるうちに、将来判断能力が不十分になった場合に備えて、あらかじめご自身が選んだ人(任意後見人)に、財産管理や身上監護に関する事務について代理権を与える契約を結んでおく制度です。契約は公正証書によって行われます。
- 任意後見人には、配偶者や子供といった家族を指定することも、弁護士や司法書士などの専門家を指定することも可能です。夫婦でお互いを任意後見人に指定するケースも見られます。
- ご自身の意思で「誰に」「どのような支援を」お願いするかを決められる点が大きなメリットです。
- 家族信託:
- これは、ご自身の財産(お金や不動産など)を、信頼できる家族(受託者)に託し、あらかじめ定めた目的(例: ご自身の生活費や介護費用の捻出、特定の家族への教育資金)のために、託された家族が管理・運用する仕組みです。
- 判断能力の低下後も、財産を柔軟に管理・活用できる点が特徴です。二次相続以降の財産の承継先なども含めて、細かく設計することが可能です。
- 法定後見制度:
- これは、すでに判断能力が不十分になった場合に、家庭裁判所によって後見人等が選ばれる制度です。任意後見制度と異なり、後見人等は家庭裁判所が選びます。
- ご自身で将来の支援者を選んだり、支援の内容を自由に決めたりすることはできませんが、任意後見契約を結んでいなかった場合の選択肢として存在します。
- その他の方法:
- 財産管理等委任契約: 判断能力が十分なうちから、財産管理などを第三者に委任する契約です。判断能力が低下した場合に備える任意後見契約とセットで利用されることもあります。
- 見守り契約: 任意後見契約の発効前に、任意後見人となる予定の人が定期的に本人と連絡を取り、本人の状況を確認する契約です。
- エンディングノートや尊厳死宣言書: 法的な拘束力は強くありませんが、ご自身の意思を明確に伝えるための有効な手段です。
これらの制度はそれぞれに特徴があり、ご夫婦の状況や希望によって最適な選択肢は異なります。複雑な場合や、夫婦だけでの判断が難しい場合は、弁護士、司法書士、行政書士、ファイナンシャルプランナーなどの専門家に相談することをお勧めします。多くの専門家が無料相談を受け付けています。
夫婦で話し合いを進めるためのヒント
「自分たちの『もしも』」について話し合うことは、気持ちが重くなったり、意見が食い違ったりすることもあるかもしれません。話し合いをスムーズに進めるためのいくつかのヒントをご紹介します。
- 適切なタイミングと場所を選ぶ: 忙しい日常の中で無理に時間を作るのではなく、お互いが落ち着いて話せる週末の夜や休日の午後など、リラックスできる時間帯を選びましょう。自宅のリビングや、お気に入りのカフェなど、落ち着いて話せる場所を選ぶのも良いでしょう。
- 一度で全てを決めようとしない: 将来のことは、すぐに答えが出ない難しい問いを含みます。一度の話し合いで全てを結論付ける必要はありません。「今日は医療のことだけ」「来月は財産管理について少しだけ」というように、テーマを絞り、少しずつ進める姿勢が大切です。
- お互いの不安に寄り添う: 体の変化や将来への不安は、誰もが抱える感情です。パートナーが話す内容に耳を傾け、批判することなく、まずはその気持ちに寄り添いましょう。「そう感じるんだね」「不安に思うのは当然だよね」といった共感の言葉を添えるだけで、安心して本音を話しやすくなります。
- 具体的な情報収集を共有する: 任意後見制度や家族信託といった制度について、まずは夫婦で一緒に情報収集をしてみましょう。インターネットで調べる、書籍を読む、自治体や専門家が開催するセミナーに参加するなど、共同で知識を得ることで、話し合いの共通基盤ができます。
- 専門家の力を借りることを検討する: 夫婦だけでは感情的になってしまう、話が前に進まない、制度が難しくて理解できないといった場合は、専門家を交えて話し合うことも有効です。専門家は客観的な視点からアドバイスをくれ、複雑な手続きをサポートしてくれます。自治体の相談窓口や、弁護士会・司法書士会などが実施している無料相談などを活用できます。
- 定期的に見直す機会を持つ: 人生の段階や状況によって、考え方や希望は変化します。年に一度など、定期的に夫婦で「将来のこと、どう考えてる?」と話し合う機会を設けることを習慣にしましょう。
まとめ:不安を共有し、一歩ずつ共に備える
自分たちの判断能力の低下といったデリケートなテーマについて、夫婦で話し合い、将来に備えることは、決して簡単なことではありません。しかし、この話し合いは、お互いの人生観や価値観を深く理解し合う貴重な機会となり、夫婦の絆をより一層深めることにつながります。
遠方で暮らす親御さんのサポートに追われる日々の中で、自分たちの老後について考え始めることは、不安を感じるかもしれません。しかし、その不安をパートナーと共有し、具体的な備えについて共に検討していくことで、漠然とした不安が和らぎ、将来への見通しを持つことができます。
完璧な備えを一気に整える必要はありません。まずは、「自分たちは将来、どうありたいか」という問いをお互いに投げかけ、そこから一歩ずつ、話し合いを始めてみてはいかがでしょうか。そして、必要に応じて外部のサポートも活用しながら、夫婦で力を合わせて、自分たちの人生の「もしも」に備えていきましょう。それはきっと、お二人にとって安心できる未来へとつながる大切なステップとなるはずです。